新時代家族 ~分断のはざまをつなぐ新たなキズナ~
平成三十年四月(初版)
総務省 未来デザインチーム
平成三十年四月(初版)
総務省 未来デザインチーム
端から見たら、社会科見学に来た生徒を乗せた観光バスに見えなくもない。
静かに眠る「乗客」を乗せた自動輸送トラックを待っていた若い男は、その車列が到着したとみるや、さっきまで温かいカフェ・オレが入っていた紙コップを丸めてゴミ箱に放り投げ、「二点! ナイッシュー!」と手を叩いた。
男がトラックの配送データと今日受け入れる予定の個体を照合する傍らで、搬入用リフトに次々にロボットが乗せられ、運ばれていく。利用現場から修理やメンテナンスのためにロボットを送る際には「各家庭や企業で付けたり着せたりしていたものは全て外した状態にしてください」と、多機能対話型学習AIロボットのユーザーマニュアルの中のFAQコーナー「メーカーに送る場合」に記載されているが、念のため搬入の際にも個体を隅々までスキャンして異物がないか確認している。
とはいえ、見つかるのはせいぜい小さなゴミで、ロボットの接合部に挟まっているか、シールのような粘着力があるものが付いているか、いずれにしても大したことではない。私物が紛れ込むと相応の対応を要するが滅多にない。
今日はめずらしく、小さなドングリがひとつ挟まっていた。搬入された個体に、何かの拍子に挟まってしまったのか、いや、小さな子どもがいたずらをしたんだろう。
搬入完了と見届けると、あとはメンテナンス開始を上司が承認するだけだ。
タカさんに伝えたら、少し早いがランチに出てしまおう。
「タカさーん、さっき運ばれてきた個体の定期点検なんすけど、承認依頼が管理AIから来たんで、ざっと見て、ピピっとお願いしまーす」
搬入口の前に止まっていた自動運輸トラックの隊列が走り去っていくのを窓から何気なく目で追っていると、後ろからいかにもお調子者というような軽い声が聞こえた。無言のまま右手を挙げて背中越しに「了解」の意思を示す。
「承認したらメンテナンス工程がスタートするよう、もうロボットがスタンバイ完了してるんで」
何もいなくなった工場の正面玄関前から視線を部屋に移すと個体の製造番号、製造日、稼働開始日、点検期限、故障歴などの情報をリスト化されたものが表示されている。
多機能ロボットは製造から三年経過したら半年以内に認証工場で点検を受けることになっている。昔で言う自家用車の車検と言えば分かりが良いだろうか。OSやソフトウェアはネットワーク経由で常にアップデートされているのだが、さすがにハード面の調整は専用の設備の手を借りることになる。家事全般というが家庭によってやることは様々なので、個体によってはパーツ交換の必要があるほど摩耗しているものもある。
少し前までは定期点検も特殊な用途の工業用が多かったが、現在では一般家庭用の対話型多機能ロボの個体数が増えてきた。ロボットメーカーもコンシューマー向け事業を切り出して法人向けと分けて展開している企業が多数を占めるようになってきた。それだけ普及してきたということだろう。今日も五〇体の家庭用ロボが搬入されたところだ。
「今日も来ましたねー。『一家に一体、新しい家族がもたらす余裕であなたの新しい生活を見つけよう』ってやつですか」
お茶が入ったタンブラーを持ったリンがリストをのぞき込みながら、(おそらくそうだと思うが)広告のナレーションの声を真似ている。
この工場の会社ではないが、別の大手ロボットメーカーの謳い文句だ。前身は昔ながらの家電メーカーだっただけに言い回しが若干古いところもあるが、VRショッピングモール内に踊っている広告に触れるとVR内で別の部屋に移され、そこに登場するロボットとの生活を体験できるというコンテンツが興味を惹いて普及初期にシェアを伸ばした企業だ。
「メーカーはどこであれ、最近はほとんどの家にありますねー。うちの子なんて去年買ったとき最初はびっくりしてましたけど、今は一緒にゲームやってますよ。
最近は手加減を覚えてきたみたいでうちの子も勝てるようになったんですけど、「手抜いてるだろ!」って息子が怒っちゃって。ロボットが本気出したら勝てる訳ないのにね。ふふ」
その時の光景を思い出したかのように、少し遠い目線でにやけた顔を見せる。息子の成長と相まってロボットが家事をしてくれるようになったので、前に比べて余裕が出てきたようだ。「もー!」と叫ぶ姿を最近見てない。ドリンクサーバーのお茶が品切れになることも少なくなった気もする。
ロボットは万能家事ツールなのか家族なのかというのは人それぞれ思うところが違うが、少なくともこの母親が語るロボットの話は、従兄弟が遊びに来たと言っても同じシーンが展開されそうな、違和感のないごく普通の微笑ましい家族団欒のエピソードだ。曲がりなりにもロボット産業に携わる者としては喜ばしいと思うが。
「…あの、どうしたんですか?」
「…ん? いや、うちの息子の家族もさ、共働きだからやっぱり助かるって言ってたよ。もう三年くらい経つかなぁ。孫たちと仲良くしてるといいんだがな…」
「珍しくタカさんが神妙な顔してるもんだから何かと思いましたよ。事情は知りませんが、どの子もホント良い子ばっかりだし、大丈夫じゃないですかね! あ、お茶いります?」
軽く首を振って再び定期点検対象のリストに向き合う。何やら要らない気遣いをさせてしまったかと思い、つい、
「ま、お茶はいらないけど、ちゃちゃっと点検の承認してランチでも食べに行こうか?!」
数秒前の表情からは別人のように明るい雰囲気で振り返ると、まるでチベットスナギツネのような表情を返されてしまった。
「……さて、じゃあ、なるべく早く家族のところへ戻れますように、っと」
DPSIシリーズ製造番号5700番台前半分のメンテナンス承認を出して表示を閉じる。もうすぐランチタイムだ。立ち上がって窓の外を眺める。
遠くでロボットたちが動く音が聞こえた気がした。
この小説は、総務省の若手職員二十六名(平均年齢約二十九歳)からなる「未来デザインチーム」として、二〇三〇~二〇四〇年頃の未来社会をイメージし、その時代に生きる人々の暮らしについて創作したものです。
末筆ながら、この間、未来デザインチームの活動の趣旨をご理解をいただき、多大なるご協力をいただいたアイシン精機株式会社、ヤフー株式会社、富士通株式会社、IoTデザインガールの皆様その他関わってくださったすべての方々に、心より感謝申し上げます。
書名 新時代家族 ~分断のはざまをつなぐ新たなキズナ~
原本製作 総務省 未来デザインチーム
デイジー製作完了 2018年5月
デイジー編集・校正 いちえ会 http://www.ichiekai.net/
製作ソフト ChattyInfty3 (AITalk版)
朗読音声 株式会社エーアイ AITalk3